サッカー日本代表監督から転身・岡田武史氏に聞く「コロナ禍に負けない経営のヒント」
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大好評だったセッションのうち、今回は株式会社今治.夢スポーツ 代表取締役会長である岡田武史氏と、楽天グループ株式会社 トラベル&モビリティ事業 事業長である髙野芳行による基調対談の内容をご紹介します。
ご存知の通り、岡田氏はサッカー日本代表の監督をはじめ、数々の有名クラブチームの監督を歴任されてきました。現在はJ3リーグに所属する愛媛県の「FC今治」の運営会社を経営されています。今回は、コロナ禍でも増収増益を続ける経営や、地方創生への取り組みなどについてお聞きしました。岡田氏の経営に対する姿勢や理念、リーダーシップについてなど、皆様にも役立つ「経営のヒント」をお見逃しなく!
日本代表監督から経営者に転身、「地元巻き込み型で攻める」地方創生とは
サッカー指導者から「FC今治」の経営者へ
髙野:まず、岡田様が「FC今治」の経営者になられた経緯をお聞かせいただけますか?
岡田氏:もともとは、サッカーのことだけを考えていたんです。日本代表が世界で勝つためには、主体的にプレーする自立した選手を作らないとダメだと。「監督どうしたらいいんですか?」というような選手だと、世界では勝てないんですね。
そんな時、あるスペインの有名なコーチが、スペインには「プレーモデル」というサッカーの型のようなものがあって、16歳まで教えて、後は自由にすると言っていたんです。え?日本と全く逆じゃないかと。僕らは、逆に16歳くらいから戦術や対応策を教えていたんですね。
それで我々も、日本人にあったプレーモデルを作って、それを16歳までに落とし込み、あとは自由にするという方法でチームを作りたいと思いはじめたんです。Jリーグの3チームが、全権を任せると言ってくれましたが、10年かかっても、1からできるところがないかなと考えていました。
ふと思いついたのが今治です。今治では、僕の先輩が会社を経営していて、アマチュアの四国リーグのクラブを持っておられた。そこで、先輩に電話して、こういうことをやってみたい、正解かわからないけどチャレンジしてみたいと言ったら、「それは面白い、ぜひやってほしい」と言ってくれました。ただし、株式を51%取得してからにしろと。
わかりましたと言って株式を買ったら、オーナーになってしまった。代表取締役社長も兼務して飛び回っていたら、とてもじゃないけど、サッカーの現場なんて見れないということがわかりました。それで、経営者になるという選択になったんですよ。
重要なのは「理念に沿った経営」
髙野:「楽天トラベル」には、小さい資本で頑張っておられるパートナー様がたくさんいらっしゃいます。「FC今治」も、相対的に見れば小さい資本でやられてきたわけですが、どのように経営をされてきたのでしょうか。
岡田氏:僕は経営の経験がなかったので、最初はどうしたらいいかわからなかったんです。
当時、ライフネット生命保険の創業者である出口(治明) さんにお会いした時に、「岡田さん、大変なことを始めたね。スタートアップの9割が5年以内に潰れるんですよ」と言われたんですよ。え?9割も潰れるの?それなら辞めようかなと思ったら、その後出口さんが、「でもね、このリスクにチャレンジする人がいなくなったら、この社会は変わらないんだよ」とおっしゃった。
それで、よし、絶対5年は(会社を)持たせてやると思ったのですが、どうしていいかわからない。だから、本を読みまくって、有名な経営者に会いに行ったんですよ。そして、経営ってどうしたらいいんですか?何が大事なんですか?と聞いたら、皆さんがおっしゃったのは「理念・ビジョン・ミッションをしっかりしろ」ということ。
僕はそれまで、環境問題や社会問題に取り組んできたので、企業理念は「次世代のため、物の豊かさより心の豊かさを大切にする社会創りに貢献する」としました。物の豊かさというのは、売上、GDPなど、目に見えるもの。心の豊かさというのは、信頼、関連、共感度など。周りから、「サッカークラブの企業理念がなぜこれなんだ?」と言われたのですが、僕は、そういう目に見えない資本を大切にする社会でないと必ず行き詰まると思っていたので、それを企業理念にして、「企業理念に沿った経営」を始めたんです。
目の前の100万円より、大事なのはスポンサーの信頼
例えば、一年目にこんなことがありました。サッカーの練習で色分けをする「ビブス」というゼッケンがあるのですが、今治はタオルの街なので、タオルで作ったんです。でも、タオルは裏がパイルという糸になっていて、印刷が乗らない。ビブスを裏返したら、スポンサーさんの名前が見えなくなってしまうことがわかりました。
当時、(ビブスの作成には)100万円くらいかかりました。一年目の100万円はものすごいお金だったんです。それで、そのビブスをそのまま使ってしまうという話もあったのですが、ちょっと待て。うちの企業理念はなんだっけ?と。目の前のこの100万より、スポンサーさんの信頼を大事にするべきじゃないのかと言って、全部作り直しました。
ベテランの経営者から、「お前は甘い。そんなことしてたら潰れるぞ」と言われましたが、うちはずっと、その企業理念に沿って経営してきたんですね。
昨今、このコロナ禍で、Jリーグの7割が赤字、そのうちの半分が債務超過になりました。その中で、「FC今治」は、結構大きな黒字がでたんですよ。いろいろな要因はありますが、一番大きいのはスポンサーさんが、ほとんど降りずにいてくださったこと。営業日報を読んで、涙が出そうになりました。「うちも苦しいけど、お前らが頑張ってるから続けるわ」と続けてくださっていた。本当に、僕らは間違っていなかったのかもしれないな、と思いました。
「地元巻き込み型」の地方創生
髙野:「FC今治」は、今治の町と共生するために、どのような取り組みをされてきたのでしょうか?
岡田氏:今治の中心地から港まで続く、長い商店街があるのですが、昼間でも人が歩いていないんです。「瀬戸内しまなみ海道」という素晴らしい橋ができたおかげで、港に行く必要がなくなり、人が通らなくなった。これでは「FC今治」が成功しても、見にきてくれる人がいなくなってしまいます。
そこで、今治の町と一緒に元気になる方法はないか?ということで、サッカーの「今治モデル」を始めました。27ある少年団の指導者全員、12の中学校、6つの高校の指導者とお会いして、小さくても日本一質の高いピラミッドを作りましょう、「岡田メソッド」(注)を無償で教えるので、皆で強くなりましょう、と言いました。もし今後、ピラミッドの頂点である「FC今治」が強くなれば、全国から今治に、サッカーをやりたいという若者や「岡田メソッド」を勉強したいという指導者が集まってくる。海外からも来るかもしれない。そういう人たちは、おじいちゃんおばあちゃんのところにホームステイしてもらえば、皆がスポーツ選手の料理の勉強を始めたり、英会話を始めたりする。気がついたら、今治がコスモポリタンで活気に満ちた町にならないだろうか、と考えています。
(注)「岡田メソッド」とは、主体的にプレーできる自立した選手と自律したチームを育てることを目的としたサッカー指導の方法論の体系です(「FC今治」HPより抜粋)。
また、これまで今治にはスタジアムがなく、運動公園しかなかった。でも、「FC今治」がJ2に昇格する時には、1万人のスタジアムを建てないといけない。J1だと15,000人。そこで、運動公園を複合型のスマートスタジアムにして、人が365日来るようなところを作ると言いました。
そんな、ホラに近い夢を語っていたのですが、実は、それが徐々に実現しだしたのです。今、夢を語ることはものすごく大切だと、自分でも感じていますね。
地元の人に愛されるスタジアムをめざして
髙野:地元の方を説得されるのは、簡単にはいかなかったのではないでしょうか?
岡田氏:(簡単には)いかないですよ。最初は、誰も相手をしてくれませんでした。特に、今治は、野球の町なので、サッカーなんて絶対無理だと皆に言われました。最初の頃、運動公園に2,000人ほどのお客様が入ってくれていたのですが、ある時、社員に言ったんです。「この2,000人のお客様の中で、何人がサッカーを観に来ていると思う?俺は、200人くらいだと思う。それ以外の方は、町を歩いても誰にも会わない、閑散としている中で、サッカー場に来たら、なんだか賑わっていてワクワクする、人との新しい出会いがある。だから来てくださるんじゃないか」と。
だから僕は、お客様の求めていることを提供するために、「スタジアムビジョン」というものを作りました。そこにいるすべての人たちが、心震える感動、心躍るワクワク感、そして心温まる絆ができる夢スタジアム。本来、駐車場にするところをフットボールパークにして、フードコートがあったり、子どもの迷路があったり、マルシェがあったりと、あらゆるワクワクを詰め込みました。
そして、オープニングの当日。今治では5,000人も(お客様が)入るわけがないと言われていたのが、5,200人も入ってくださったんですよ。うちには、嬉しかったら書く、Web上のハッピーノートがあるのですが、一人の女性社員がこんなことを書きました。「ゴール裏で泣いている女性のお客様がいて、心配して声をかけたら、『岡田さんがきた2年半前、みんな否定的だった。正直私もそうだった。ところが2年半後に、今治でこんな姿が見れるなんて』と、嬉しくて泣いてくださっていた」。みんなそれを読んで、疲れが吹っ飛んでね。本当に、苦労した甲斐があったと思った瞬間でしたね。
髙野:素晴らしいことを話されていますね。
社員のモチベーションアップに必要なこと
髙野:以前スタジアムにお伺いして、社員の方に話を聞いたのですが、お金がないから自分たちでペンキを塗ったんですよ、とか話していて楽しそうだったのが印象的でした。どうやって社員を盛り上げているのですか?
岡田氏:例えば今度、新スタジアムを建てるのですが、必要な資金である40億円のうち、20億の借金を抱えました。ここから返さないといけない。そこで社員全員に、「来年からやることは、無駄な出費を抑えて、売上を上げることだけだ」と厳しく言いました。ただ、それだけだと、やっぱり、ギスギスしてくるんですね。だから、その後に言ったんです。「でもな、絶対に俺たちの夢を忘れないでくれ。俺たちには、新スタジアムを拠点にした、新しいコミュニティを作りたいという夢があるよな。それを絶対に忘れないでほしい」
道路で石を積んでいる人に何をしてるんですかと聞いたら、「重い石を積んでいるんです」という人と、「僕は素晴らしい教会を建てようとしているんです」という人がいる、という逸話がありますよね。これなんですよ。厳しいことを追求しながら、いかに夢を見ることができるかというのが大切なんじゃないかと思っています。
髙野:それは、岡田さんだからできるのではないかという方もいると思うのですが。
岡田氏:名前が売れているという点で、僕が有利だと言う点はひょっとしたらあるかもしれないです。でも、本気でリスクを冒してチャレンジしたら、人はついてくる。僕のメンターでもある多摩大学の田坂先生が、リーダーの条件の一つは、「志高い山に、必死で登る後ろ姿を見せること」だとおっしゃるんですね。人というのは、聖人君主だから、お金持ちだから、賢い人だからついていきたいと思うわけではない。私利私欲のない目標に向かって、必死になって、命懸けでチャレンジしている人をみて、よし、この人についていこうと思うんですよ。
そのリスクを冒さずに、議論ばかりしていてはいけない。僕は社員にも、最初の一歩をまず踏み出しなさいと言っています。踏み出す勇気と、それをやりきる諦めない情熱。それがあれば、誰でもできるんじゃないかと思いますけどね。
旅行業界へのメッセージ
髙野:最後に、旅行業界の皆さんにメッセージをお願いします。
岡田氏:(対談の)3日前に、JR九州の唐池会長と食事をしたんです。そこで会長がおっしゃったのは、観光というのは「風光明媚だね、美味しいね」だけではないということ。もう一回行きたいと思ってリピーターになる。そして最後は住みたくなる。移住してきて、そこで住んで働く。それで初めて観光なんだと。なるほどなと思いました。
僕は、観光というのは、その街づくりを含めて観光だと思います。街づくりというのは何かというと、人づくりなんです。何か施設を建てるとかそういうことではなく、そこにいる人たちのメンタルの質を変えていくことだと思うんですね。
今治の人たちも、今、変わろうとしています。ひょっとしたら、今治は面白い街になるかもしれないと思いはじめている。SNSで、こんな楽しいことがあったとか、これ面白かったよとか発信しはじめる。そうすると、他の人もなんだか行ってみたくなるんですよね。今治は、どこかの雑誌で、移住したい街一番になったんです。年間で人口が1,500人も増えているんですよ。
地方創生で大事なのは、そこにいる人がイキイキと幸せそうに生きている、その姿だと思います。あの旅館に行ったら、皆めちゃくちゃ幸せで楽しそうにやってる、こっちまで嬉しくなるし、もう一回来たくなる。帰る前に予約していこうかなと言って、リピーターになる。そのうち、僕もここに住もうかな、となる。そんな街づくり、人づくりが大切なのではないかと思います。
髙野:おっしゃる通りですね。本日は勉強になりました。ありがとうございました。