楽天といえばインターネット・サービス企業という印象をお持ちの方が多いかと思いますが、これまでにないイノベーションを生み出せる技術やサービスを持つベンチャー企業などへも出資をし、その成長や拡大をサポートしています。

私個人でも、世の中を変えると思う技術やサービスに投資しています。そのひとつが、米国・カリフォルニア州に拠点を置く医療ベンチャー企業のアスピリアン・セラピューティクス社です。人類とがんの戦いに終止符を打つかもしれない、まったく新しい画期的ながん治療法の実用化に向けて取り組んでいる会社で、私は筆頭株主として資金面で支援するとともに、同社の代表取締役会長として経営にも携わっています。事業化に向けては、楽天としてもバックアップしていくつもりです。

その治療法を開発した、米国立衛生研究所(NIH)の主任研究員、小林久隆先生と先日、対談させていただく機会がありました。私個人がなぜ、がん治療に向けて取り組んでいるのか。どのように画期的な治療法なのか。対談内容を通して、皆様にもお伝えしたいと思います。

代表取締役会長兼社長
三木谷 浩史
@hmikitani


がんを「治る病気」にするために

――三木谷さんがなぜ、がん治療の支援に取り組むことになったのですか?

三木谷 4年前、私の父がすい臓がんを患いました。すい臓がんは、もっとも治療が難しいと言われるがんです。私は父の病気をどうにかして治したいと、最先端の治療法を求めて世界中を飛び回りました。論文をたくさん読み、ハーバード、スタンフォード、パリ大学など、各国で最先端の研究をしている名医と呼ばれる医者にも数多く会い、どうすれば父のがんを治せるか、あらゆる可能性を探しました。

その時、私と同じ神戸出身で、建築家でありながら、「楽天市場」に出店している人気ワッフル店の経営者でもある新保哲也氏から、「僕の親戚が新しいがん治療法の開発をやっている」と教えられ、お会いしたのが小林先生でした。

――小林先生は、京都大医学部を卒業して放射線科医として10年近く働いたあと、研究者になるという、異色のキャリアをお持ちです。

小林 医者として、がんと向き合ううちに、外科手術、放射線、抗がん剤という、これまでのがん治療に限界を感じ、基礎研究の道に入りました。20年を超えるNIHでの研究でたどり着いたのが、がん細胞だけを狙い打ちする「近赤外線光免疫療法」という、まったく新しいがん治療法です。 

その治療法の技術ライセンスに基づき、実用化に向けた臨床試験(治験)に取り組んでいるのが、三木谷さんに出資いただいているアスピリアン・セラピューティクス社です。

2viber image

アスピリアン・セラピューティクス社の社長や研究員たちとの写真

――三木谷さんはどうしてアスピリアンに出資したのでしょうか?

三木谷 小林先生に「近赤外線光免疫療法」の原理を聞いた瞬間、「楽天市場」を始めた時と同じように、「これはいける」と思いました。賭けてみる価値のある革新的な治療法であると、確信したのです。父は2013年に亡くなり、治療には間に合いませんでしたが、研究段階のこの治療法が実用化されれば、「父のかたきをとれる」「がんで苦しむ世界中の多くの患者さんを救うことができる」と。

小林先生から、臨床で実用化するための資金集めに苦労しているという話を聞き、資金面でのサポートをすることを決めました。

――小林先生は三木谷さんのことをどう思いましたか?

小林 初めてお会いしたときから三木谷さんは、がんに関する最先端の情報について、とてもよくご存知でした。治療法などに関する専門的な説明に対しての飲み込みも専門家以上で、凄まじく早かった。研究者でも医者でもないのに「すごいな」と思いました。また、がんのプロほど、「そんな治療法はうまくいくはずがない」「実験で成功したと言っても、実際の治療となると違うものだ」と新療法をネガティブに捉えがちなのですが、三木谷さんはそのような既存の先入観もなく最初からこの治療法に対してポジティブでした。

ちょうどその頃、所属しているNIHでは臨床応用への予算がなかなかつかず、治験の準備を進めることが難しくなっていた時期なので、個人で資金援助してくださるという話を聞いて、本当にうれしかったです。

「近赤外線光免疫療法」とは?

――そもそも、がんとはどういうものですか?

小林 がんとは、体の中にできた「おでき」のような異物です。人間の体には本来、「免疫」という防御システムがあって、異物を発見すると、体内をパトロールしている免疫細胞が現場に急行し、異物を撃退します。ほとんどのがんは、できたところで同様に異物として撃退されます。

しかし、時としてがんはがん細胞の周りには免疫システムにブレーキをかける「制御性T細胞」という「共犯者」を連れてきます。体内をパトロールしている免疫細胞は、この共犯者に騙され、異物であるがん細胞の存在を見逃してしまう。このため、このようながんには免疫システムが働かず、大きく育って腫瘍となって広がっていくので治すことが難しいのです。

がん治療で一般的に使われる放射線や抗がん剤はがん細胞を叩きますが、同時に正常な細胞にも深刻なダメージを与えます。そのため、患者さんの体への負担が大きいのです。私は研究者になってから30年以上、正常な細胞は傷つけずに、がん細胞だけをやっつける方法を探し求めてきました。

pic2

米国立衛生研究所(NIH)主任研究員の小林久隆氏

――「近赤外線光免疫療法」では、どのようにがん細胞だけをやっつけるのでしょうか?

小林 二つの方法があります。一つ目は、がん細胞を直接攻撃する治療法です。

がん細胞の表面にある突起物だけに結合する特殊なタンパク質(抗体)に「IR700」という色素を乗せて、静脈に注射する。すると全身を駆け巡る抗体がIR700と共に、がん細胞の表面の突起を見つけてドッキングする。

ドッキングした細胞がある場所を目掛けて近赤外線を当てると、「IR700」が化学反応を起こして細胞膜を傷つけ、その傷口から水が入ることによってがん細胞は、ものの1分程度で膨張し、破裂して無くなります。

――抗がん剤や放射線のような副作用は?

小林 ほぼありません。近赤外線は、テレビのリモコンで使われている光線で、人体には無害です。また、使うIR700を乗せた抗体もタンパク質で少量しか使いませんし、がん細胞以外の正常な細胞に少量ドッキングしたとしても、そこに光を当てなければ正常な細胞を傷つけることはありません。

――この治療法は2015年4月に米食品医薬品局(FDA)の認可を受けて治験に入り、実際に患者さんを治療する「フェーズ2」がまもなく終わるそうですね。

三木谷 ここまでの結果は驚異的です。試験に参加した手術不能な再発頭頸部がんの患者さん7人全員の患部がん組織が壊死し、このうち4人は再発もしなかったのです。

治療によって症状が改善したことを意味する奏功率という数字がありますが、既存の抗がん剤の「奏功率」は7~12%程度。いま注目されている免疫治療薬とされる「オプジーボ」でも約23%です。そんな中で近赤外線光免疫療法は、先の7つの症例で奏功率約80%という、驚くべき数字を記録しています。

――「近赤外線光免疫療法」だと、頭頸部がん以外のがんも治せますか?

小林 他のがんでも頭頸部がんと同様の作用が期待できますが、攻撃の対象となるがん細胞が出すタンパク質(抗原)は、がんの種類や個人によって異なるので、すべてのがんに使うためには何種類かの新たな抗体を使わなくてはなりません。それらが使えるようになれば、食道がん、膀胱がん、大腸がん、肝臓がん、すい臓がん、腎臓がんなど、およそ8割のがんは治療可能になると思います。

――もう一つの治療法はどんなものですか?

小林 がん細胞を匿っている「共犯者」の制御性T細胞を破壊する治療法です。

制御性T細胞に結合する抗体を使って、この抗体に「IR700」を乗せます。腫瘍の中にいてがんを匿っている制御性T細胞にドッキングした抗体を狙って近赤外線を当てると、制御性T細胞が破壊され、がん細胞は隠れ家を失い丸裸になります。すると、患者本人の免疫システムが作動し始め、がん細胞は体内の免疫細胞の総攻撃を受けて、死んでしまうのです。この方法は一つの抗体でもより多くのがんを治療することができると思います。

pic3

――楽天はこの画期的ながん治療法にどう関わっていくのですか?

三木谷 まず私自身がアスピリアンの経営に深く参画しており、サンディエゴにあるアスピリアンの本社に足繁く通っています。アスピリアンの経営を通じて、近赤外線光免疫療法の実用化を主導していきます。事業化に向けては、楽天も支援していくことになると思います。

 小林 三木谷さんの支援がなかったら、近赤外線光免疫療法の臨床への応用は全く進んでいなかったかもしれません。事業化に向けて楽天とのパートナーシップは、極めて重要と思っています。