「没個性と存在感のはざまにある余白がカギ」。楽天をデザインする仕事

(本記事は、2020年4月30日にtalentbookにて掲載された記事の転載です)

グローバルで70以上のサービスを提供し、約14億のユーザーを擁する楽天。Eコマースを中心に、通信キャリア、金融、旅行と多様な事業を展開しています。あえて個性を出さない。しかし強い存在感を示していく。──楽天のデザイン組織「楽天デザインラボ」の河上 洋樹は、楽天グループを表現する仕事をそう語ります。

経営戦略の一端を担う楽天デザインラボ

▲クリエイティブ&CX/UXデザイン戦略部 楽天デザインラボ クリエイティブディレクター・マネージャー 河上洋樹

日本において、デザインは「装飾」としての要素が強く、どちらかというとロジカルな戦略とは別のものとして考えられている傾向があります。

一方で世界を見渡すと、とくにデザイン活用の先進国ともいえる欧米では「設計」という意味合いを持っています。視覚的な表現というよりも、概念や全体像など、「抽象的に物事を考えるための手法」として捉えられているともいえます。

楽天は後者の意味でデザインを捉えて、2005年にチーフクリエイティブディレクターとして佐藤 可士和氏を迎え入れ、デザインを根幹に据えた経営にいち早く取り組んできました。

そうした歴史、文脈の中で楽天デザインラボ(以下、デザインラボ)は、楽天というブランドの価値を最大化させるための戦略設計を行うデザイン組織として2018年に発足しました。

そのデザインラボでクリエイティブディレクター・マネージャーを務めるのが河上 洋樹です。

河上 「さまざまなサービスがグローバルで展開されている中で、デザインラボでは、マス広告やサービスロゴ、アプリのアイコンなど、クリエイティブの中でも楽天グループ全体のブランドイメージを形成するのに影響が大きいものを中心に事業を横断してデザインに携わっています。

各事業を担当するデザイナーや佐藤 可士和さんとも連携しながら、サービスの集合体としての“楽天”をデザインするのが仕事です」

さまざまなサービスのデザイナーや関係者と共に、課題をデザインで解決するため、デザインを本質的に追求する試みが広がりつつあります。楽天のデザイン・クオリティを統一・進化させ、楽天全体のブランド力をより強固にしていく活動の中心にいるのがデザインラボです。

余白があるブランドの強さ

▲2018年に「ワンブランド戦略」でグローバル統一ロゴへ刷新

河上が楽天に入社したのは2016年。前職では「楽天とは対照的な企業に携わっていた」と話します。

河上 「外資系広告代理店のアートディレクターとして、誰もが知るグローバルブランドのクリエイティブ制作を担当していました。これらのブランドは楽天のように多角的に事業展開していなかったこともあり、『それぞれが持つブランド独自のイメージ』や、『大事にしている世界観』が確立されていました。

キャンペーン施策などにおいて、担当ブランドのカラーやトーンがはっきりしていていたので、これまで築いてきたブランドイメージという『資産』を正しくアートディレクションすることが重要でした」

一方、楽天ブランドについて、河上は「余白がある」という言葉で表現します。入社当時を振り返りながら、楽天におけるブランドのあり方を次のように語ります。

河上 「入社当時思ったことを率直に言うと、ブランドの運用という意味で改善すべき点も確かにありました。ただあえて細かな規定がない、それが良さでもあることに気付きがありました。

楽天の良さはスピード感とチーム力です。不確実性が高いこの時代、極端なことを言えば、昨日まで右を向いていても、今日から左だと方針を変えざるを得ない状況も出てきます。そうしたら全員で一気に左を向く。

スピード感とチーム力を生かすには厳密なルールよりも、柔軟に対応できる余白がカギになります。

もちろんその中でもデザインラボとしては、クリエイティブを通じて楽天のブランドがユーザーに伝わらないと意味がない。楽天のブランドイメージを伝えていくために、自分はどう関わっていけるのか。新しいチャレンジだと思っています」

そんな想いを持った河上は、ある一大プロジェクトを手掛けることになります。それが、楽天グループのブランドロゴリニューアルです。

河上 「リニューアルのきっかけのひとつとして、サッカーの名門クラブであるFCバルセロナをはじめとした、パートナーシップ契約がありました。

スポンサーとして露出させられるロゴデザインはひとつだけ。当時の楽天のサービスごとのロゴは一定の共通性はありましたが、Rakutenブランドを核にして、より共通性を高める必要があったのです。中にはM&Aでグループに加わり、楽天の名前をまだ冠していないサービスもあり、強力なサービスはあっても、楽天としてのブランド価値が分散してしまっている状況もありました」

さまざまなスポーツクラブ、チームのユニフォームを通じて、楽天のロゴが世界中の人の目に触れる。そんなスポーツパートナーシップへの投資を最大化し、グローバル市場へとさらに歩みを進めるために出した答えが、「ワンブランド戦略」というグローバル統一ロゴへの一新でした。

ブランド戦略として変えるもの、残すもの

▲アプリアイコンは目に触れる機会が多いからこそ、サービスと顧客の関係性に大きく関わる

国境や業種をまたいで存在する楽天を、ひとつのブランドにする──

世界のファンを魅了するビッグスポーツクラブとのパートナーシップ契約締結をきっかけに始まったグローバル統一ロゴへの一新プロジェクト。

ロゴは漢字の“一”をモチーフにすることで、物事の始まりや「No.1」、次のステージに向かう姿勢を象徴するデザインとなりました。また、スポーツチームのユニフォームスポンサー枠として、使える面積を最大限に生かし、ブランドイメージを印象付けるデザイン戦略的な意図も含まれています。

河上 「ロゴ自体の横幅をなるべく減らして、縦にロゴを大きく配置できるように開発されています。グローバルで人気のあるメジャーなスポーツチームのスポンサーロゴを見てもらうとわかると思いますが、縦幅が大きく表示されています。メガスポーツクラブのスポンサー企業と競うために、Rakutenの下部に『一』をモチーフにした表現を入れるデザインが開発されたんです」

グローバル統一ロゴは、楽天が保有する「ヴィッセル神戸」や、「東北楽天ゴールデンイーグルス」のユニフォームにもそれぞれ採用され、さらに楽天のコーポレートロゴ、グローバル全体でのグループサービスロゴへと展開することでブランド価値向上に大きく貢献しました。

このグローバルロゴ一新プロジェクトの中で、河上の脳裏には「ブランドとしての一貫性」と「これまで築いてきたものを大事にしたい」という想いが共存していました。

河上 「各事業には多くのユーザーがいます。ロゴやアプリアイコンは目に触れる機会が多いからこそ、サービスと顧客の関係性に大きく関わります。そのため、グループ内でも変更前には丁寧に擦り合わせを行いました。

基本的にアプリアイコンは共通したシンボルを使っているのですが、一部のサービスでは、統一して使っているシンボルを入れないという判断もしています。そこはユーザー、パートナー、グループにとって何が最善なのかをお互いに話し合いながら決めることが重要です」

グループとしてのブランディングと、ユーザーとのコミュニケーションのバランス。世界で多くのユーザーを持つサービスだからこそ、簡単に決められることではありません。しかし、少しずつ手応えも感じ始めています。

河上 「デザインを通じてブランドを伝えていくということは、そのブランドの価値を繰り返し見せていくことで記憶の中に貯めていってもらうようにする作業だと思っています。それぞれの事業やサービスと連携しながら、デザイン改善、クリエイティブのクオリティを高めていく土壌が整ってきたと感じています」

楽天をデザインする醍醐味

デザインラボでは、コーポレートロゴやサービス・プロダクトロゴのデザインだけでなく、広告やCM、空間デザインやオフラインプロダクトなどを通じてより多くの人々に楽天ブランドを認知してもらい、距離を近づけていきたいと考えています。

河上 「事業を多角的に展開している楽天には、たくさんの競合となるブランドやサービスが全世界にあります。その中で『楽天ってなんかいい』『楽天が好き』と思っていただける人をどれだけ増やしていけるか。それにはデザインの力でブランドをリードすることが必要だと思っています」

河上は、楽天というブランドをデザインすることに、今までにないチャレンジがあると話します。

河上 「非常に言語化が難しいのですが、ブランド戦略をデザインで進めていく上で、各事業の個性が出ることは重要だと思っています。たとえば楽天市場のお得感や、楽天モバイルの先進性といった部分を際立たせていくのは前提としてあります。

ただデザインラボとして、コーポレートのブランド戦略を考えていく上では極めてニュートラルなブランディングを意識しています」

保険事業のようなお客様の生活を守るものもあれば、「楽天レシピ」のような生活に彩りを加えるサービスもある中で、まじめさ、やわらかさ、かっこよさ、それのどれかに寄せることで、「それぞれの事業の邪魔はしたくない」と河上は言います。

河上 「各事業のサービス特性や競合の状況に合わせて、それぞれのサービスロゴのカラーは設定され、楽天の多様性は表現できているのかなと思います。

一方、コーポレートとしてはあくまでその中間を目指している感覚です。決して曖昧にしたいということではなく、人々と社会をエンパワーメントする力強さは意識しています。没個性と存在感のはざまにある余白がカギだと思っています」

デザインラボがデザインで意識しているのは、ロゴをはじめとしたデザインそのものではなく、「その先にあるユーザーの感情」です。

「個性は出さない、でも存在感は出す」

この一見矛盾した哲学こそが、デザイナーの挑戦心をくすぐる「仕事の醍醐味」として、河上自身を、そしてデザインラボを支えています。

Text by talentbook

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