動き始めた「楽天フィンテック経済圏」~キャッシュレス社会を牽引するイノベーションとは?
近年、“現金”(キャッシュ)を使用することなく決済する“キャッシュレス”化が世界的に加速し、日本においても、クレジットカードや電子マネーだけでなく、スマートフォンアプリで二次元バーコード「QRコード」を活用した決済サービスが徐々に広がりを見せるなど、「キャッシュレス社会」への機運が高まってきています。そんな中、6月14日に日経xTECH(クロステック)と日経BP総研が主催する最先端技術カンファレンス「テクノロジーNEXT 2018」に、楽天株式会社代表取締役副会長執行役員で楽天グループのフィンテック事業を統括する穂坂 雅之が登壇し、楽天の「キャッシュレス社会」に向けた取り組みと今後の展望について語りました。
キャッシュレス社会を後押しする楽天のフィンテック事業
穂坂は2003年に楽天に加わり、クレジットカードサービス「楽天カード」の前身である「あおぞらカード」の買収直後に、楽天におけるパーソナルファイナンス(個人金融)サービスを立ち上げました。今でこそフィンテック事業は、「楽天カード」、「楽天ペイ」、「楽天Edy」、「楽天ポイントカード」、「楽天銀行」、「楽天証券」、「楽天生命」、「楽天損保」などを展開し、インターネットサービス事業と肩を並べ、楽天グループの成長を支える両輪となっていますが、当時は「なぜ楽天が金融をやるんだ?」と疑問の声を投げかけられました。2005年に自社発行を開始した「楽天カード」も当時、今さら後発で成功しないだろうと言われていました。
穂坂は、楽天フィンテック事業の中核を担う「楽天カード」の成長を振り返り、「楽天グループは、Eコマースから始まったが、2017年度に楽天カード会員数は約1500万人となり、ショッピング取扱高は6.1兆円に達し、クレジットカード業界でNo.1になった。フィンテック事業も、楽天エコシステム(経済圏)の柱となり、多様なサービスが提供できるようになっている」と話しました。そこには、楽天ならではのイノベーションがありました。「インターネットを最大限活用して徹底的なペーパーレス化を進め、年会費を永年無料にしたほか、いち早く開発していたネット上のお買い物で貯めて使えるポイントプログラム『楽天スーパーポイント』(以下、「楽天ポイント」)を『楽天カード』による実店舗決済でも、当時0.5%還元が主流だった中で1%のポイントを貯まるようにした。他社に先駆けてカード申し込みをスマホで簡単に行えるようにもした」と解説。さらに、「楽天カード」を「楽天市場」での決済に使うとポイント付与率が上がるプログラムも提供しました。
楽天エコシステム外にも広がる「楽天カード」のポテンシャル
このEコマースとフィンテック融合の先駆けともいえる取り組みは、その後も、楽天グループ内外のネットショッピングやオフラインの実店舗でも幅広く利用可能な共通ポイント「楽天ポイントカード」や決済サービス「楽天ペイ」へと拡大して展開しています。楽天ポイントは、「楽天モバイル」の利用料支払いにも使えるようになるなど、対応店舗数は70万店以上(2017年9月末時点。「楽天Edy」利用可能店舗、ポイントが溜まるのみの店舗を含む)にまで拡大しており、アクティブ利用率がとても高く、2017年7月に累計付与ポイント数が1兆ポイントを突破しています。
穂坂は、「日本のクレジットカード業界全体の成長率が一桁成長と言われている中、現在も楽天カードは年率20%の成長を続けている」とし、日本の年間家計消費は245兆円*あり、このうちクレジットカードショッピング市場が52.2兆円**と言われていることから、「まだまだキャッシュレス非対応の市場開拓の余地がある」と語りました。「楽天カード」は現在、「楽天市場」といった楽天グループ内サービスでの利用が約2割に対して、グループ外での利用が約8割となり、グループ内エコシステムを飛び越えて成長していることがわかります。
*内閣府 “平成28年 家計最終消費支出(持ち家の帰属家賃を除く)” 1次速報値ベース
**経済産業省 特定サービス産業動態統計調査 販売信用業務
「楽天フィンテック経済圏」の拡大
また穂坂は、「今は、フィンテック事業の中でも経済圏が生まれている」とし、「例えば、楽天カードと楽天銀行間では、カードローンに対する信用保証。楽天銀行と楽天生命間では、住宅ローンの団体信用保険。楽天銀行と楽天証券間では、リアルタイム送金や金融仲介」といったようなシナジーが生まれていると言います。さらに、「楽天ポイントカードや楽天Edyとの一体型の楽天カードの発行。楽天銀行から楽天Edyへのマネーチャージや、楽天ポイントと楽天Edyの相互交換などもしており、ここまでできている会社はほかにない」と話します。最近では、「楽天証券」で楽天ポイントでの投資信託買付が可能になったり、「楽天生命」での保険契約継続の割引特約として楽天ポイントを受け取ることのできるサービスも始まったりしています。
キャッシュレス後進国、日本
近年、“キャッシュレス”文化は、現金を維持するコスト負担削減と、よりスムーズな資金環流促進により経済の活性化や透明化を推進する試みとして、先進国、発展途上国の両方で急速に進んできています。キャッシュレス決済率を諸外国と比較*すると、国策として取り組む韓国が90%近い高水準でトップ、次に中国が60%、カナダ、イギリス、オーストラリアが50%以上と続き、日本は18.4%と未だに低い水準。現金の使用が一般的な日本はこの分野で遅れを取っているのが現状です。政府も昨年、今後10年間でキャッシュレス決済比率を40%にまで引き上げるという目標を掲げました。さらに経済産業省はこの4月に、キャッシュレス決済率40%の目標達成を2025年までに前倒しする「キャッシュレス・ビジョン」を発表しました。
*経済産業省「キャッシュレス・ビジョン」平成30年4月参考(データは2015年のもの)
穂坂は、このような状況について経済産業省のデータをもとに、日本の特殊な社会的背景があると解説。「一つ目は、盗難の少ない治安の良さ、2つ目は紙幣も綺麗で偽札も少なく現金に対する信頼感が高いこと、3つ目はPOS(レジ)の処理が高速かつ正確であること、4つ目にATMの利便性が高く現金の入手が容易であること」だと言います。また、加盟店にとっては「手数料が高い」「導入のメリットが感じられない」「操作が煩雑で対応が困難」という声があることを紹介しました。
楽天のキャッシュレス・ソリューション
穂坂は、「このようなキャッシュレス化への様々な障壁を解決するために、楽天はこれからも様々なキャッシュレス・ソリューションを提供していく」と意気込みを語りました。Eコマースにおいては、楽天グループ外サイトでも楽天IDによるオンライン決済を可能にするサービスをすでに提供しているほか、「楽天市場」店舗での決済手段を統一する統合決済システムの展開を進めています。実店舗決済サービスは、クレジットカードの「楽天カード」や電子マネーの「楽天Edy」に加え、QRコードを使ったスマートフォンによるアプリ決済を提供。QRコード決済はコンビニエンスストアの「ローソン」はじめ、飲食店チェーンの「ワタミ」やビジネススーツ販売の「AOKI」など、数多くの店舗で導入されています。主に中小店舗向けに提供している「mPOSカードリーダー」(「楽天ペイ」の端末としては「Elan」や「Piu」を提供)は、各種クレジットカードや交通系電子マネーに加え、今後導入される非接触型クレジットカードにも対応し、日本においてNo.1サービスプロバイダーになっています。送金サービスとしては、楽天銀行がSNS(Rakuten ViberおよびFacebook)と連携した個人間送金サービスを提供しています。
キャッシュレスをより日常的にするには
講演後、日経FinTech編集長である原 隆氏と穂坂との対談が開催されました。主題となったのは、キャッシュレス社会を牽引するイノベーションとは何かについてでした。今後、20%に満たない決済比率を政府の掲げる40%に伸ばすには何が重要かという問いに対して、穂坂は「クレジットカード決済だけでは難しく、様々なシーンでの決済を可能にする必要性がある」という見解を示しました。
日常的な利用環境の整備を推進し、より多くの人がキャッシュレス決済を利用する選択肢の幅を広げるものとして、中国においてキャッシュレス決済の普及を後押ししたプリント型QRコードによる決済を挙げ、「紙にQRコードを印刷して、お客様はスマホのアプリで読み取り、金額を入力すれば支払いができるといったシステムならば、店舗側の決済システム導入コストが低くなる。そのような環境が整えば、店舗のキャッシュレス導入が一気に加速する。利用者側としても、コンビニ、タクシーなどの身近なところでの利用シーンが増え、アプリをダウンロードするだけで簡単に使えるという認識が広まれば、キャッシュレス決済比率のベースが押し上げられる」と語りました。また、楽天が取り組む具体的な例として、奈良県や静岡県のタクシー会社ですでに導入されている様子が紹介されました。
原氏からの、「QR決済は、楽天Edyに比べて、アプリを立ち上げる必要があり、時間がかかる印象。それぞれ伸びていくのでしょうか?」という問いかけには、「確かにそういう面はあります。ただ、今はまだどの決済手段が主流になっていくか、定まっていないフェーズにある。楽天の強みとしては、色々な決済手段をグループ全体で持っていることで、どの決済手段が普及しても即座に対応できるシステムを構築している」と語りました。
キャッシュレス化で生まれる新しいビジネスチャンス
次に、店舗がクレジットカードの導入をためらう理由として、手数料がかかるという意見が多いという現状について原氏は言及しました。穂坂は、「カード支払いの際に引かれる手数料に関して、加盟店舗に対して今後、手数料だけのカード商売をするのではなく、手数料には便利さがあるということを理解してもらい、“決済の先”のサービスを生み出していくことが重要だ」と穂坂は述べました。
「スマートフォンで決済したデータ、例えば、いつ、どこで、何を買ったかなどの情報をもとに、ユーザーが次に買い物をするときに、過去のデータに関連した付近のお店のクーポンを希望すれば受け取れるようにするなどが考えられます。店舗側としては、お客様を誘導することができるので、カード手数料を広告費として捉えることができます。このように、単純な決済サービスではなく、その先を見越して、いかに情報を使ってサービスにつなげていけるかが大切になっていくのだと考えています」と、データ活用によるさらなるサービス創出が次のビジネスチャンスの鍵であると話しました。
東京オリンピックが開催される2020年、日本には4千万人規模の外国人が訪日すると言われています。キャッシュレス文化の進む海外の訪日客への対応も求められています。穂坂は「楽天としても、まだ明かせないが様々な施策・構想を練っている最中だ」と言います。来るべき日本のキャッシュレス社会に向けて、“決済の先”を見越したイノベーションを起こすことができるかが重要になってきそうです。