リピーター4倍、購買単価1.2倍。モバイルオーダーの「なぜ」

(本記事は、2020年3月12日にNewsPicksにて掲載された記事の転載です。なお記事内にある梅本悦郎のタイトルは現在、楽天株式会社 コマースカンパニー トラベルモビリティ事業 Rakuten Ready部 ゼネラルマネージャーになります)

海外では急速に普及が進んだ「モバイルオーダー」の波が日本にも到来。「モバイルオーダー」とは、スマホやPCから事前に注文し、指定時刻か調理完了時刻に来店すれば待ち時間なしで商品をピックアップできるサービスだ。消費増税や国のキャッシュレス対応促進も追い風となり、今年は「モバイルオーダー元年」になるとも言われている。 昨年末、楽天は事前注文・決済(モバイルオーダー)サービス構築のためのITソリューション「Rakuten Ready」を開始した。これにより、導入事業者は、高いコストを要する自社でのシステム開発を行うことなく、モバイルオーダー機能を自社サイトやアプリ上に構築することができる。 モバイルオーダーは、店舗やユーザーにどんな利益をもたらし、日本の飲食マーケットをどう変えるのか。メディア&スポーツカンパニー マーチャントクラウド事業Rakuten Ready ゼネラルマネージャー 梅本悦郎氏が、外食・フードデリバリーを専門にコンサルティングを行う堀部太一氏と語る。

モバイルオーダーで、購買単価がイートインの1.2倍に増える理由

堀部 外食産業において、目下最大の関心事はやはり人手不足です。生産性を高めるために「省人化モデルに転換していかなければならない」という危機感はあるものの、業務の一部だけをなにかのツールで改善したとしても、根本的な解決には至らないことがほとんどです。

外食は業態によって少し差はありますが、「注文」「製造」「提供」「会計」という大きく4つの工程から成り立っています。

たとえば、最近話題になった「養老乃瀧」のドリンクロボットは「注文」「製造」「提供」の工程を自動化するものですが、導入したロボットやテクノロジーの活用でどの工程を省力化できるか、ツール先行ではなく全体像を捉えて省人化モデルを実現できるよう再構築していかなくてはいけません。

「Rakuten Ready」は、「注文」と「会計」を自動化するものですよね。人手不足の根本的な解決策になることに期待しています。

梅本 ありがとうございます。「Rakuten Ready」は飲食店や小売店などの自社サイトにモバイルオーダーの機能を付帯するソリューションで、おっしゃるとおり「注文」と「会計」の工程をお客様の来店前に完結します。

クラウドプラットフォーム上に、お客様用のオーダーシステムと、店舗用のオーダーを受ける管理システムを構築するのですが、SaaS型での提供なので、導入の容易さ、導入までの期間の短さ、費用など、自社による開発と比較し、様々なコストが少なく済むことが特徴です。

最先端の機能を簡単に導入できたり、通常のWebやモバイル用アプリ開発であれば1年程度かかるところを、Webの場合であれば数週間で導入できたり、ゼロから開発するより、初期費用も運用費も低額に抑えられるということです。

堀部 地域一番店のような企業でも、自前でアプリを開発できるところは多くありません。これまでモバイルオーダーには手が出なかった中小企業にも活用の足がかりができたというのは、とても画期的なことだと思います。

飲食店の本来の価値は、「美味しい物を『作って』、お客様の居心地が良くなるよう『接客(提供)する』」ということなのですが、忙殺されて本来力を入れたい分野に力を入れられていない店舗も多いのが現状です。

モバイルオーダーによって「注文」と「会計」が自動化されれば、本来力を入れたい業務に集中できますし、イートインとテイクアウトのオペレーションを融合して、より少人数で業務を回せるようになるでしょう。

梅本 店舗側としては、昨年10月にスタートした軽減税率に伴うテイクアウトニーズを最大限に汲むことができる。そして、いち早くモバイルオーダーによるキャッシュレス化を実現できるというベネフィットもあります。

堀部 ユーザー側のメリットのひとつとしては、待ち時間が激減するということですね。さらに、現金を持たなくてもモバイルオーダーで物が買えるようになるし、「楽天ポイント」等の共通ポイントプログラムも魅力です。

梅本 楽天はデリバリーも取り扱っていますが、オンラインtoオフライン(O2O)のテイクアウトのマーケットも今後市場が拡大していくのではないかと考えています。

たとえば米国のある飲食店では、モバイルオーダーの場合、ピックアップの待ち時間が2分以内だとリピーターが約4倍になるとか、購買単価がイートインの1.2倍に増えるといったデータがあるんです(※1)。

つまり、ユーザーにとってはよりよい顧客体験につながり、店舗にとっては売上純増につながるのです。

iStock.com/brittak

堀部 店頭で注文するときと違って、レジで後ろに並んでいる人のことを気にせず好きなだけ悩めるから、トッピングやオプションなども吟味できます。それに、自分の分だけじゃなく、「ついでに」と、周りの人の分もまとめて頼んだりする。

デリバリーもモバイルオーダーも、同じ理由で購買単価が上がるんですよね。昨年、スターバックスがモバイルオーダー専門店をニューヨークで始めましたが、テイクアウト市場のポテンシャルを物語る、象徴的な出来事ですね。

「イートインファースト」の考え方から脱するときが来た

堀部 最近では、フードデリバリー(ゴーストレストラン)がトレンドとして注目を集める機会が多かったですね。

というのも、店側としては片道15分、広ければ30分と商圏を拡大して売上を伸ばせますし、プラットフォーマー側としては同じく商圏が広い分、指名検索されるような有名店や大手チェーンを獲得するだけで、流通総額を簡単に伸ばすことができました。

その流れを見て、テイクアウトの領域でも多くの事業者がテイクアウトの販売プラットフォーマーになろうと頑張っていたけど、各社難しさを感じていました。

理由として、デリバリーは上述のように商圏が広いのですが、テイクアウトは自分の生活導線だけと、商圏が非常に狭い。

「アプリを立ち上げたらテイクアウト可能な店がたくさん表示される」としても、「徒歩15分のところにポツポツと店がある」ような状態では、わざわざ帰り道に遠回りしてまで利用しようとは思えません。

つまり、商圏内の密度が非常に大切なのですが、そこに対する営業開拓に苦戦される企業が多い状況でした。

梅本 「Rakuten Ready」と他のモバイルオーダーサービスとの最も大きな違いは、各店舗のサイトに紐付けられる点です。そのため、小規模な店舗数であっても導入しやすい。

スマホの普及も参入を決めた理由のひとつです。アメリカの場合、人口が約3億3000万人(※2)で、スマホ普及率が80%(※3)ですが、「ミレニアル」「ジェネレーションZ」と呼ばれる若い世代の普及率は93%(※4)にもなります。

また、全体の飲食店注文のうち、39%がスマホを使用した注文であるというデータもあります(※5)。日本でも、昨年の調査ではスマホ普及率が約65%になりました(※6)。

堀部 今後、日本でもアメリカと同じような「モバイルオーダー」のトレンドが来るでしょうね。日本の場合、軽減税率の関係もあって、イートインは下がったけど、テイクアウトとデリバリーは伸びたというデータも出ています。参入タイミングとしては最適でしたね。

それに、ここ数年、フライヤー業態のように、家で作りにくい物を提供する業態では、テイクアウトの売上構成比をKPIとして設定し、30%以上を目指すことも珍しくありません。

NPD Japan, エヌピーディー・ジャパン調べ

梅本 それほど高い数字を目指している企業があるとは、私たちも励まされますね。

堀部 日本には昔ながらの「出前」文化がありますが、全体の売上の5〜10%程度の場合がほとんどです。

これまで国内ではイートインありきですべてを組み立てていましたが、軽減税率やキャッシュレスの後押しもあり、テイクアウトやデリバリーも含めてトータルで業態設計しようとなってきました。

そうしない限り、「イートインファースト」の発想から抜けきれず、「目の前のお客様への提供が少しでも遅れてはいけない」と考えて、本来すぐに出せるはずなのに、かなり余裕を持たせて「40分後届きます」というようなことになる。

それだと、結果的にそのユーザーは注文しないか、リピート率が悪化します。

テクノロジーで「注文」「会計」が省力化されるなら、そのぶん、ピックアップポイントをきちんと設けるなど、店舗レイアウトの最適化と同時に進めなければいけません。

iStock.com/Pekic

梅本 店舗設計だけなく、イートインとテイクアウト、デリバリーをどんな比率にするかという店舗戦略から見直す必要がありますね。

堀部 戦略に応じてファサードと導線を変える店舗も、ここ数年で増えました。

場合によっては結構な投資になりますが、デリバリーではちゃんと攻めれば売れたはずなのに、最初から「無理だ」と投げてしまう飲食店が多かったので、モバイルオーダーで同じミスを犯さないでほしいですね。

テイクアウトの場合、商品の売上に包材比率はだいたい1.5~3%程度なので、客単価が1000円のお店だとしたら、包材は20円前後。イートイン時に従業員が接客する時間、注文を取る時間、提供する時間を換算すれば、製造キャパシティに問題なければテイクアウトで売上の絶対値を伸ばした方が収益性は高まります。

楽天ならではの強みも生かし起爆剤となれるか

堀部 ところで、イートインが混む時間帯は、テイクアウトのニーズも多いですよね。「ランチの時間が短いからモバイルオーダーしたのに、結局待つことになった」では、ユーザーが離れてしまいそうですが。

梅本 その通りです。そこで私たちは、「ARRIVE」という到着時間予測機能も提供しています。予め同意を得た上で位置情報から顧客の到着時刻を予測し、お客様が近づいたら店舗内のシステムに通知が来ます。

同じ時間帯にピックアップに来る予定になっていても、寄り道してこられる方、交通渋滞で遅れる方、あるいは早めに着いてしまうお客様もいらっしゃいます。「ARRIVE」機能があれば、作る順番を調整して、ぴったりのタイミングに合わせることができます。

堀部 それは素晴らしいですね。今は待つことにあまり不満を自覚していない場合でも、「こっちのほうが便利だ」とわかれば、モバイルオーダーの活用はどんどん広まっていくでしょう。

梅本 イートインとモバイルオーダーによるテイクアウトの導線をどううまくマネージしていくか、というのは、空間だけでなく、時間帯も含めた問題ですし、より大きいスケールでは閑散期と繁忙期のマネージも必要です。

私たちがどんなソリューションを提供できるかは、現在進めている企業との検証プロジェクトのなかで見えてくるものがあるでしょう。

さらに、楽天が提供するサービスですから、「楽天ポイント」や「楽天ペイ(アプリ決済)」と連携して、付加価値を提供していくことも考えています。

「楽天エコシステム(経済圏)」には国内で1億以上の楽天会員がいます。「Rakuten Ready」を導入することで可能になる、いわゆるプッシュ型のプロモーションや、ジオロケーションを使ったバナー広告などの施策についても、店舗側の期待度は非常に高いです。

上島珈琲店の「Rakuten Ready」画面。ユーザーは簡単な操作で注文・支払いまでを確定でき、待ち時間はほぼゼロになる。

堀部 日本はこれまで、電話ファーストな文化でした。しかし今、飲食店の予約については、店舗側はどれだけ電話受付を減らすかが焦点です。

たとえば、人気店だと「すいません、予約がいっぱいです」と言うためだけに電話を受け続けなくてはいけない。また、予約を受け付けるとしても、毎回同じことの繰り返しで数分の時間が取られる。

一方、ネット受付なら、無駄な対応をせず店舗での業務に集中できますし、「言った言わない」の問題も生まれず、抜け漏れもない。電話で接客力を高めて受け答えしようとするよりも、店側・お客様側にとってストレスがありません。

同じように、対面での接客で付加価値を高め、「接客から客単価を上げる」という戦略も、実際には従業員の教育が間に合わず、失敗するケースも増えています。それで、タッチパネル方式もかなり浸透してきました。結果的に驚くのが、対面での接客と単価が変わらなかったという事例も多い点です。

こう考えていくと、店舗にもユーザーにもメリットがあるモバイルオーダーには注目が集まりそうですね。

梅本 昨年開催された「天皇杯JFA第99回全日本サッカー選手権大会」において、楽天グループの「ヴィッセル神戸」の試合でモバイルオーダーの実証実験をしました。

専用のカウンターを作って弁当やホットドックなどの3~4アイテムを販売したのですが、待ち時間なしでピックアップされたときのお客様の喜びはすごかったですね。スタジアムでは、試合前やハーフタイムには飲食店に長い行列ができるのが通例ですから。

昨年の天皇杯の様子。モバイルオーダーの利便性を体感した観客も多かったようだ。
画像提供:VISSEL KOBE

堀部 長蛇の列があるなかで、スッと受け取れたら、優越感もあるでしょうね。

梅本 「楽天ポイント」も貯まりますし、最先端のショッピングエクスペリエンスに対する高揚感に加え、並ばず、しかも経済的なベネフィットも享受できるので、大変好評でした。

堀部 「Rakuten Ready」の導入事例が増えれば、そういった体験をするユーザーも増えますね。彼らがリピーターとなって、日本のモバイルオーダーやペイメント市場がグンと伸びるのではないかと思うと、今からとても楽しみです。

(※1)Rakuten Ready調べ(※2)3億2775万人(2018年5月 米国国勢局)(※3)2020 Pew Research Center(※4)2019 Pew Research Center(※5)Technomic 2018 Generational Consumer Trend Report(※6)総務省 2019年

( 制作:NewsPicks Brand Design  執筆:唐仁原俊博 編集:大高志帆 撮影:片桐圭 デザイン:月森恭助)

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