台湾にも「楽天球団」誕生。楽天エコシステム進化の方程式とは

(本記事は、2019年12月18日にNewsPicksにて掲載された記事の転載です)

2019年9月、楽天が台湾のプロ野球チーム「ラミゴ モンキーズ」の買収を発表した。楽天はこれまでにもスポーツ事業を通じてブランド認知を高めてきた経験があり、これを起爆剤に、台湾における「エコシステム(経済圏)」のさらなる拡大を狙う。
今や70以上のサービスを世界で展開し、グローバル流通総額が年間15兆円を超える楽天だが、EC事業において初の海外展開先となったのが台湾だった。2008年から約11年間の楽天の台湾での歩みと、今後の展開、スポーツマーケティングとしての側面についてレポートする。

楽天の台湾進出11年目の決断

2019年9月、楽天は台湾のプロ野球チーム「Lamigo Monkeys(ラミゴ モンキーズ)」の買収を発表。そして12月17日、「Rakuten Monkeys(楽天モンキーズ)」という新球団名称とユニフォームなどがお披露目された。

台湾での発表会見に登壇した三木谷氏は「台湾はとても重要なマーケット。日本のプロ野球で培ってきた経験を生かして、台湾の野球界やコミュニティ、地域社会にも長期的に貢献していきたい」と語った

このニュースを唐突に感じた人も少なくないだろうが、現在、70以上のサービスを世界で展開する楽天にとって最初の海外における消費者向けサービスは、台湾版「楽天市場」の展開からはじまっている。

2008年に立ち上げられてから11年で、出店店舗数は2万超、取り扱い商品数は700万超と、一大サービスに成長した。

「台湾楽天市場」のサイトイメージ(右はアプリ版)。

「台湾楽天市場」を起点に、2009年に「楽天トラベル」、2015年に「楽天カード」と日本でもおなじみのサービスを次々上陸させ、直近では「Rakuten Pickup」というスマホで食べ物や飲み物を事前注文・決済し、実店舗で商品をピックアップするサービスの提供も開始。

今年7月に銀行業の認可を得たことで、近く銀行サービスを立ち上げる予定だ。これに伴い、立ち上げ当初20名だった従業員は約400名にまで増えた。

※登録会員数、ポイント発行数ともに台湾国内のみの数字

「台湾はほかの海外拠点に比べても提供しているサービス数が多く、特にコンシューマサービスが非常に充実しています。物理的な距離だけでなく、『親日』といわれる国民性も含めて親和性が高く、楽天ロゴの認知度も2019年10月の調査では75%を超えました。

ラミゴ モンキーズ買収の影響はもちろんあるでしょうが、これほどの認知度は、個々のサービスを通じて、着実に積み上げていった結果です。

特にオフラインでも使える『楽天カード』は、台湾の楽天エコシステムを一気に広げるきっかけになりました」

こう語るのは、Rakuten Asiaでチーフオペレーティングオフィサー(COO)を務める渡邉崇氏だ。渡邉氏は、今後「楽天モンキーズ」副会長も兼任し、台湾での球団運営にも携わる。

昨年、訪日台湾人は過去最多となる475万人を突破した。地理的・心理的な距離が近ければ、「楽天市場」や「楽天トラベル」といった、日本に構築した巨大なネットワークを生かしやすい。その点で、楽天は訪日客の増加をうまく自身の成長に取り込んできたといえるだろう。

とはいえ、他の東南アジア諸国と同様に、台湾でもEコマースやマーケットプレイスの競争は激しい。そのような環境で存在感を発揮するうえでも、「楽天カード」は重要な役割を果たしている。

「台湾での『楽天カード』累計発行枚数は55万枚(2019年10月時点。2018年12月時点での台湾の人口は約2359万人)。数多くの競合から選ばれるためには、いかにユーザーに利便性やお得感を感じていただくかが鍵です。

日本でも実施してきたように、ポイントやリワードプログラムによってロイヤリティを高め、『日本に行くなら(楽天独自の優待プログラムも豊富で、使える店舗数も多い)楽天カードを持っておいたほうがいい』とアピールしてきました。

日本旅行時だけでなく台湾に帰ってからも使ってもらえるように、台湾国内での優待キャンペーン整備も本格的に取り組みはじめています。また、外部パートナーとの連携を増やすことで、お互いのポイントを交換できるプログラムをもっと整備していく計画です」(渡邉氏)

楽天エコシステムの軸となっている「楽天スーパーポイント」の広がりもきっかけとなり、日本ではオンラインでもオフラインでも完全にポイントが受け入れられているが、台湾ではまだ日本ほど浸透しているとは言えない。

これは、ポイントシステムを徐々に浸透させつつ、楽天カードを台湾でも使うメリットをアピールするための戦略と言えるだろう。

人気球団の保有で目指す、台湾でのさらなる飛躍

親和性の高さをうまく利用しつつ、国民性・地域性に合わせてチューニングを続けてきた楽天の台湾戦略。しかし、渡邉氏は「まだ始まったばかり」と話す。

「上陸からの10年で楽天経済圏が広がっているのは間違いありません。ただし、ユーザー数も、経済規模もまだまだ伸びしろがありますし、『楽天』という名前は聞いたことがあっても、台湾でどんな事業を展開しているのか知らない方は大勢いらっしゃいます。

ですからラミゴ モンキーズの買収には、台湾における起爆剤としての意味合いもあるのです」(渡邉氏)

楽天のシンボルカラーであるクリムゾンレッドにインスパイアされた新ユニフォームをお披露目する選手たち。

楽天エコシステムの進化には方程式がある。

「楽天市場」や「楽天カード」など、今ではTVコマーシャルを目にすることも多いサービスも、開始初期にはCMなどの大きな販促コストをかけていない。

まずは楽天会員を軸に楽天グループのサービスで共通して使える「楽天スーパーポイント」を活用し、他のグループサービスとのシナジーを創出することでユーザーを獲得。その後、利用者数や認知度などが一定数に達したタイミングで、さらなるサービス拡大を目的とした「起爆剤」を投入する。

点を増やし、点と点をつなげ線にして、下地を整えてからマーケティングにドライブをかけて一気に面を広げる、といった具合だ。まずはやってみて、サステナブルでないと判断したものは止める決断もする。

そして楽天はかねてより、ここぞというタイミングの起爆剤として、スポーツを活用してきた歴史がある。

日本でも「楽天」と聞けば、各種サービスよりも先に「東北楽天ゴールデンイーグルス」を思い浮かべる人もいるだろう。事実、プロ野球チームを保有したことは楽天の歴史にとって、大きな転換点となった。

楽天イーグルス設立は2004年のこと。その年、楽天のブランドランキングは167位から32位へ、さらに翌年には19位へと急上昇した。

また、15年にはサッカーJリーグの「ヴィッセル神戸」の全株式を取得してJリーグに参入。

16年にスペインの名門サッカーチーム「FCバルセロナ」、17年にはNBAの強豪「ゴールデンステート・ウォリアーズ」とパートナー契約を発表し、スポーツ事業に積極的に取り組むことで、本業との相乗効果を生んできた。

野球は台湾でも国民的なスポーツだ。プロリーグは野球のみで、ラミゴ モンキーズはそのなかでも人気・実力ともにナンバーワン。観客動員数も毎年過去最高を記録、幸先のいいことに、「ラミゴ」としてのラストイヤーだった今年のリーグでも優勝し、3連覇を果たした。

「人気チームのオーナーになることで、より台湾に根ざした事業・サービスの展開が可能になると考えています。球場やファンクラブなど、いろいろなタッチポイントを使いながら、サービスの紹介もできますし、コラボレーションの機会も増えるでしょう」(渡邉氏)

ただし、台湾において楽天は外資。それだけ人気のあるチームを「黒船」である楽天が保有するとなると、通常のM&Aとは話が違う。

ラミゴ買収においては最初からプロジェクトのメンバーに入っていたものの、これまでスポーツビジネスとはあまり関わりがなかった渡邉氏にとって、今回の交渉は新鮮な体験だった。

「球団保有もビジネスの一環ですから、パフォーマンスは重要です。しかしラミゴの人々と接するなかで、スポーツが好きで、そこに情熱を傾けてきた人々に支えられているビジネスなのだと実感しました。また、人とのつながりを重視していることも感じました。

環境に違いがあっても、熱を持って真摯に取り組んでいる点では同じです。そういう部分をリスペクトして事業に生かし、『一緒にやっていこう』という姿勢を見せていきたいですね」(渡邉氏)

ラミゴ モンキーズ時代の試合風景。台湾球界最多の観客動員数を誇る。

球団の新オーナーになるにあたり、所有会社名の部分は「ラミゴ」から「楽天」と改めたが、「モンキーズ」は残した。「イーグルス」にすることも、本拠地を移転することも可能だったはずだ。

しかし今回、楽天はラミゴが16年間かけて築き上げてきたものを「無形の財産」として受け継ぐという意思のもと、根幹の部分はそのままに運営していくという。

「モンキーズは漢字で『桃猿』と表記しますが、本拠地である『桃園(タオユエン)市』と同じ発音です。そういう縁も大事にしていくことで、われわれが単なるビジネスとして取り組むのではないと理解してもらえれば」(渡邉氏)

台湾でも「愛されるブランド」になるために

近年、アジア圏では「シングルスデー」と銘打って、オンラインセールスが実施されている。

これは「11月11日は独身の日」とアリババがキャンペーンを打ったことがきっかけだが、今年11月11日には、「台湾楽天市場」も、ラミゴのチアリーダーである「LamiGirls」とコラボしてライブコマースを行った。

もともと台湾プロ野球で初めてチアリーダーグループを組織したのがラミゴということもあり、「LamiGirls」は圧倒的な知名度を誇る。ラミゴが築き上げてきた財産を楽天としてさっそく活用したかたちだが、今後、既存の“財産”の活用だけでなく、さらなる発展も期待される。

「LamiGirls」改め、「Rakuten Girls」へ。発表会見には彼女たちも登場し、会場を沸かせた。

「スポーツは裾野が広いビジネスです。ファンの皆さんがいて、桃園市の皆さんがいて、スポンサーがいて、リーグがあって、というようにステークホルダーは様々な方面に無数に存在します。

それらを通じてわれわれがどのように貢献できるかを考えていくことが、結果的にマーケティングにつながっていくはずです」(渡邉氏)

桃園市にできる貢献はないか、桃園市内の国際空港と相乗効果を発揮できないか。あるいは、来季から1チーム増えた5チーム制(※新規参入する「味全ドラゴンズ」の一軍参入は再来年から)となり、リーグ自体をより活性化しようという台湾のプロ野球リーグ(CPBL)に対して貢献できることはないか。

これまで多くの事業を手掛け、スポーツマーケティングの経験もある楽天だからこそ、すでに多方面で協業や貢献の機会を検討している。

「楽天カード」では、イニエスタデザインを発行。ファンにも人気である。
日本国内向けのNBA公式動画配信サービス「NBA Rakuten」。NBA の各試合映像や関連動画コンテンツの視聴、最新ニュースや独自の取材記事の閲覧などができる。※画面はアプリのイメージです。

「もちろん我々のサービスをプッシュしたい、グループ内でのコラボレーションを強化したいという思いはあります。ただ、より大きな視点で、台湾の皆様に愛されるブランドになることが一番の目標です。

楽天イーグルスやヴィッセル神戸で培ってきたノウハウも含め、楽天ならではの新たな動きを生み出したいと考えます」(渡邉氏)

これまでにも日本と台湾のプロ野球の交流は継続的に行われてきたが、単なるビジネスを超えて、地域や業界の発展に寄与し、さらには日本と台湾の関係を深化できるか。台湾での楽天の挑戦は新たな局面を迎えた。

(制作:NewsPicks Brand Design 執筆:唐仁原俊博 編集:大高志帆 デザイン:堤香菜 画像提供:楽天株式会社)


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