クラウドの先へ——店舗・デバイスが変える「フィジカルAI」の未来

※本記事は、以下の「Rakuten.Today(英語版)」で掲載された記事を抄訳したものです。
https://rakuten.today/blog/rakuten-ai-optimism-2026-beyond-cloud-physical-ai-on-device-experience.html
AIは今、画面の中から現実の空間へと飛び出そうとしています。今年開催された「Rakuten AI Optimism」では、AI・ロボティクス・ハードウェアが交差する「フィジカルAI」と「オンデバイスAI」の可能性が、最も注目を集めたテーマの一つとなりました。これはSF的な未来像ではありません。小売業や実店舗が直面する現実的な課題への実践的な解として、AIエージェント、ロボット、そしてAI搭載デバイスが急速に存在感を示しています。
AI搭載の店舗エージェントとロボット——「デジタルと店舗」の断絶を埋める挑戦
小売業界が長年抱えてきた課題の一つが、「ROPO」(Research Online, Purchase Offline)と呼ばれる消費行動のギャップです。日本の買い物客の80%はオンラインで商品を調べていますが、購入の90%は実店舗で決まっています。この二つの世界は、長らく互いに断絶したまま存在してきました。
楽天グループ株式会社AI & Data ディビジョン Group CAIDO(チーフ AI&データオフィサー)付き戦略アドバイザー 兼 プログラムマネージャーである小林 浩介は、「次世代の買い物体験」をテーマにしたパネルセッションの冒頭で、この断絶を「巨大なチャンス」と表現しました。

「オンライン店舗には高度な知見がありますが、現実の売り場でお客様に寄り添うことはできません。一方、実店舗には人間的な信頼感がある。しかし、お客様が売り場に足を踏み入れた瞬間、オンラインで積み上げてきた文脈はリセットされてしまいます。この断絶こそが、大きな可能性を秘めた領域に他なりません」
このギャップを、エッジAIとフィジカルAIでいかに埋めるか。セッションには、NVIDIA Corporation グローバル事業開発 ディレクターのRan Hu(ラン・フー)氏、Dell Technologies チーフ・オブ・AI 兼 グローバル・ソリューションズ・スペシャリストのMei May Soo(メイメイ・スー)氏、そして楽天グループ株式会社 AI & プロダクト シニアヴァイスプレジデントのNatalie Mao(ナタリー・マオ)が登壇しました。
登壇者たちが口を揃えて強調したのは、「AIは店舗から人間を排除するためではなく、人間を輝かせるために存在する」ということです。マオは次のように述べています。「楽天では、AIは人間の創造性を拡張するものだと考えています。現場スタッフが重労働から解放され、真の『おもてなし』を届け、お客様との深い信頼関係を築けるようにすること。それがAIの本来の役割ではないでしょうか」
セッションでは、DellとNVIDIAが共同で実現した「楽天ショップ AI キオスク」によるライブデモも披露されました。スー氏がタッチスクリーン上のAIエージェントアバターと対話しながら、日本でのハイキング旅行を計画するというシナリオです。エージェントは、ユーザーの突然の指示変更にも柔軟に対応し、プライバシーとセキュリティを守りながらローカル環境で完結する体験を実演。その適応力の高さは、会場の視聴者の関心を集めました。
また、少子高齢化による労働力不足が深刻化する日本では、接客や作業を支えるロボットへの期待が高まっています。フー氏はヒューマノイドロボット「Unitree G1」をステージに登場させ、来店客への挨拶や売り場の案内、商品の取り出しをサポートする様子を披露。このセッションを通じて、AIを活用したインターフェースやロボットが、人々の体験をより豊かにする可能性が示されました。
ハイブリッドAI——「いつでも、どこでも」を実現するオンデバイスの知性
急速な変革が進むもう一つの領域が、AI PCの世界です。これまでクラウド上で行われていたAI処理を、PCなどの端末とクラウドに分けて行う仕組みが広がりつつあります。これにより、AIの利用にかかるコストを抑え、通信環境に左右されにくい運用が可能になるため、より実践的なアプローチとして注目されています。
楽天グループ株式会社 執行役員 AIサービス統括部ディレクター エンタープライズソリューション開発部 ヴァイスジェネラルマネージャーの大越 拓は、株式会社日本HP 執行役員 パーソナルシステムズ事業本部長の松浦 徹氏、そしてKotoba Technologies, Inc. 共同創業者兼CTOの笠井 淳吾氏とともに登壇し、オンデバイスAIがなぜ企業とユーザーの双方にとって変革をもたらす技術なのかを論じました。

「AIをクラウドではなくデバイス上で直接動かすことで、ユーザーはより速く、より安全で、よりプライバシーに配慮した体験を得られます」と大越は語り、日本のHP製PCへの「Rakuten AI for Desktop」搭載という先進的な取り組みを紹介しました。このプロジェクトは、楽天独自の日本語に最適化されたLLM「Rakuten AI 7B」の特別版である「Rakuten AI 7B ONNX」をHP製PCに統合するという技術的な難題を乗り越え、実現に至っています。
松浦氏はAIをPCに直接搭載し、端末上で動作させるHPの取り組みを紹介しました。常時接続を前提とした機能設計や、「Sure View」(注)に代表されるセキュリティ機能の強化が柱となっています。「業界は急成長の局面を迎えています。効率的な小規模言語モデル(SLM)の発展を追い風に、AI PCの普及率は現在の5%から2030年には50%へと急拡大すると予測されます」と松浦氏は展望を示しました。

続いて笠井氏は、HP製AI PCを使ったライブデモを披露しました。実演されたのは、同社が開発したオンデバイス対応のリアルタイム音声AI文字起こし技術です。インターネットに接続していない環境でも、端末上のAIが音声を素早く正確に文字に変換する様子が披露され、オンデバイスAIの処理速度と精度の高さが示されました。
オンデバイスAIとクラウドAIを組み合わせることで、コストを抑えながら、利用者に合わせた快適な体験を提供できます。ハードウェア、AIモデル、ソフトウェアの進化により、AIをいつでも身近に活用できる時代が近づいています。
(注)ノートパソコンの画面を斜めから見た時に、見えにくくする覗き見防止(プライバシーフィルター)機能




