【座談会】和歌山県と共に築いた「一次生産者に寄り添うEC化支援」-前編-
2023年5月から2024年2月まで、和歌山県と楽天の地域創生事業部は、「農林水産業デジタルマーケティング総合支援事業」を実施してきました。これは、一次生産者(農林水産業に従事する事業者)の方々に、ECやデジタルマーケティングに触れて、学んでいただき、ご自身の経営に採り入れていただくための支援活動です。
今回、和歌山県と楽天の協業としてだけでなく、和歌山県内の農林水産業に従事する事業者に特化したEC化支援も両者にとって初の試みであり、初めてばかりの取り組みの中で両者が手を取り合って尽力したお話をお伺いしました。
本記事では、和歌山県の職員の皆様をお迎えし、地域創生事業部のYukiさんにも話を伺いながら、今回の取り組みの背景や意気込み、また楽天の地域創生事業部がどのように地域に貢献しているのかご紹介します。
※上記、各所属はインタビュー実施当時のものとなります。
EC未経験でも自走できる状態を目指す
―― 事業実施の背景と取り組み内容についてお聞かせいただけますか?
宮嵜: コロナ禍を経て消費者の行動パターンが変化し、農林水産業者も対面販売だけではなく新たな販売チャネルとしてのECを採り入れつつあります。ただ、他業種と比べるとまだ成長段階なのも確かです。その課題解決の一つとして、和歌山県では「伴走支援」にこだわった新政策を令和5年度にスタートしたことが本事業の大きな背景です。
Yuki: 和歌山県が目指しているのは、生産者の皆様が“自走化”できる状態だと考えました。しかも本事業はEC未経験の方から、いわゆる産業の6次化(生産・加工・販売を複合的に取り込んだ経営の多角化)をしている方まで幅広くいらっしゃいますので、それぞれの目線に合わせた伴走支援が重要だと感じていました。
そのため、ホームページの制作補助や単発のセミナーのような“点”の支援ではなく、自走につながる総合的な“面”の支援をするために、対象者のレベルに合わせた講座と定期的な個別面談、課題提出と振り返りを盛り込み、徐々にステップアップできるようなプログラムを用意しました。併せて、楽天の強みでもある事業者同士をつなぐ地域コミュニティ化支援も行いました。少人数で対応することもできるEC運営は孤独になりがちだからこそ、域内の事業者同士がつながることで相互扶助の輪を広げ、各々が切磋琢磨しながら自走できる環境作りのお手伝いができるのではと考えました。
大嶋: 私と本多は本事業の運営担当者として、実施期間中に定期的に実施していたアンケートをレポーティングし、参加者の声や要望をフィードバックしながら、さらに支援プログラムがよりいい形になるようYukiさんと一緒にブラッシュアップしていきました。
また、すでに私どもと面識が深い事業者はもとより、我々県の人間としてあまり接触機会を持てなかった事業者の方々とお話できる機会にも恵まれました。事業者、楽天、県がお互いに良いコミュニケーションがとれたからこそ円滑な運営につなげられたと思います。
Yuki: 県側から積極的に事業者の方々に電話などで告知いただくなど、広く積極的に周知いただけました。すでに関係を築いている県職員の皆さんが間を取り持ってくださったからこそ、「とりあえず話だけでも聞いてみるか」と参加者の皆様も腰を上げていただけたと思います。本当に感謝しています。
―― 取り組んでみて感じた当時の課題感や苦労した点はありましたか?
本多: 今回、県として初めての試みでしたので、参加者の募集や周知はまだまだ改善の余地があると思います。立ち上げ1年目としての苦労かなと感じましたし、今後この取り組みが広がって自然と参加希望の声がたくさん挙がる環境ができればいいなと感じます。
Yuki: 私の方で一番苦労したことはプログラム検討です。参加いただく皆様にご満足いただけるプログラムにするために、その内容について何度も検討を重ねました。実際に「楽天市場」に出店しECに知見のある地元企業の方にもいろいろとアドバイスをいただきもしました。ただ、後にも先にも苦労したのはそれくらいで、今回和歌山の皆様の熱心な参加姿勢が素晴らしく、いつも自発的にご参加いただき、出席率も高いままを維持して、ワークショップ課題にも意欲的に取り組んでくださりました。プログラムを検討した立場としては、とても嬉しかったです。
大嶋: 講師の方の話を聞くだけの座学講座だけではなく、その場で理解し実践するワークショップも盛り込んでいただきました。今回の実施を通じて、参加者の方のニーズや「同じ事業者の声を聞けて良かった」などいろいろなお声をいただいたので、来年以降のプログラムに反映しもっと充実させていきたいですね。
―― 今回達成できた点についてはいかがですか?
大嶋: セミナー1回で終わりという講座もある中、我々はプロジェクトを“伴走型”で行ってきました。前回行ったものを振り返りながら次のステップに進んでいく。それを繰り返すことで皆様がレベルアップしていく様子を肌で感じられ、私自身の達成感につながりました。
本多: 一つ一つが具体的かつ実践的なテーマになっていたので、それぞれの経営や商品にあったアウトプットが設定でき、皆様がしっかりついてきてくれたのではないかと思います。実践形式だからこそ身につけていただいていることを実感できましたね。
宮嵜: 私も参加者の皆様の変化を感じています。例えば、参加者がご自身のSNSアカウントで発信され、試行されている姿も見受けられました。それまで発信自体をしていなかった方もSNSをしっかり採り入れてくださっている。そのような試行の輪が広がってきているなと感じます。それは今回のセミナーの成果が大きいかなと感じました。
大切なのは、事業者に寄り添うこと。
―― 取り組みの中で工夫した点、良かった点があればお聞かせください。
Yuki: 参加者のほとんどが梅・みかん・柿・桃などご自身で収穫作業をしていますので、繁忙期はオンライン講座に切り替え、参加できなかった方が後日視聴できるようアーカイブ配信したり、講座講師と協力して個別質問に対する回答をポッドキャスト風に音声録画し、作業中でも視聴いただけるようにしたりしました。また、すでに先行してECやデジタルマーケティングの取り組みを進めていらっしゃる地元企業の早和果樹園様にもご協力いただき、ゲスト登壇もいただきました。
本多: 収穫時期などの繁忙期とかも考慮いただいたうえで、楽天の皆さんには講座日程の調整なども柔軟に対応いただき助かりました。
宮嵜: 地元のトップランナーと目される農業生産法人様が、自分たちのノウハウを先進事例として紹介し、県内にいる他の事業者のためにスキルアップをけん引いただけたというのは大変ありがたいことです。これは、我々の働きかけだけではなく楽天と出店店舗さんとしての絆があったからだと思っています。
大嶋: 楽天がECプラットフォームとしてノウハウを長年蓄積していることは知っていましたが、それは商工業者様や中小企業者様向けに限ってであり、農林水産業者様にとってはどうなのだろう?という不安な思いは当初ありました。しかし、対象者の視座に合わせたプログラムをご用意いただき、皆様に寄り添ってくださいました。楽天が大事にされているコンセプトである「日本を元気に!」や「地域をエンパワーメントする!」ということを、しっかり力強く推進いただいたと感じました。
Yuki: 今回のように、自治体の皆様はじめ、事業者様とご一緒させていただいたりすると、「楽天さんって思ったより泥臭いね」と言われることがありますが、私としては、これは誉め言葉だと思っています。地域創生事業部の一員として「一緒に汗をかきたいです!」という想いがすごくあります!
“導入して終わり”ではなく、事業者の皆様の未来につなぐために
――今後の皆さんがお考えの展望などあれば、お聞かせください。
宮嵜: 農業者、農林水産業者の中でもEC導入率を向上させていきたいというのが、私どものセクションの使命でもあり、私自身の想いでもあります。しかし、これからは導入を進めるというだけでなく、導入された方がさらにブラッシュアップされて、売り上げを伸ばして確固たる販路を創り上げるような支援も必要だと思っています。
大嶋: 本事業を通じて、こういったスキルやマーケティングがあることを知らない方々に広げていく動きがスタートできたと思います。しかし、宮嵜が申し上げたように、EC導入率を上げていくのに加え、私ども食品流通課としてはやはり販売につなげていかなければいけないというところもあります。そのため、卸や市場で販売していくことにプラスして、こういったECを活用することで経営の柱になるように、最新のナレッジなども採り入れていただきながら、我々も常にアンテナを張って、ECという柱が折れないように意識を強く持って取り組んでいきたいと思っています。
本多: 和歌山は農業県であり生産者の方々はたくさんいらっしゃいます。“作って出荷する”だけではなく、その先にいる消費者のことを考えて、どうやったら自分たちの商品を知ってもらえるだろうとか、それを考えるきっかけになればいいなと思っています。また農業だけでなく、水産業や畜産業の方も「ECにまず触ってみよう」と思ってくださるような方が増えていただければ、それが和歌山県の物産のブランドや価値につながっていくと信じています。
Yuki: EC導入率の向上も大切ですが、“正しい知識”を身につけて実践することも重要です。正しい知識がないと、お金を掛けたのに効果がなく赤字になってしまうなど、悪いイメージを抱いたままECを撤退するということが起こりかねません。自然を相手にして、素晴らしいものを一生懸命つくっていらっしゃる生産者の皆様に、そういった失敗をしてほしくないという個人的な思いもすごくあります。今回「1人の100歩より、100人の1歩」というマインドで推進してきましたが、こういったマインドを今後も大切にしていきたいと思います。